2015/11/28

Hempdrix(ヘンプドリックス)を密輸入してしまった私④

ーもう朝。起床の時間。そして、今日は話を続けなくてはならない。あるいは、私を包み込んで、物語が私を運んでいかなければならない。敷かれた線路に沿って、まっすぐ終点まで、汽車のように泣きながら、何も聞こえず、ひたむきに、しっかり閉じ込められて。私は壁に体をぶつけて、泣き叫び、ここから出してと神様にお願いしているのに。
自分が物語の渦中にあるときは、どう見ても物語の体をなしてなく、ただの混乱。暗闇のうなり、真暗闇、砕けたガラスや木片の残骸。竜巻に巻き込まれた家のように、あるいは氷山に押し潰されたか急流に飲み込まれた船のように、中にいる者にはそれを止める力がない。少しでも物語と呼べるようになるのは、後のこと。自分に、あるいは誰かに語っている時に。
(『またの名をグレイス(下)』 マーガレット・アトウッド著/佐藤アヤ子訳)


七月、三番目の木曜日。

私は神戸税関本庁の取調室にいた。
昭和二年に建てられたという、港町神戸にふさわしいモダンな洋館だ。
本来なら前回と同じく、女性捜査員も同席するきまりごとらしいのだが、私は女性を前にすると緊張して話せない。

そんな私の気持ちを汲み取っていただいたのか、神戸税関本庁高層の取調室は、ルンゲ警部(参考画像)ウサギ系男子捜査員宇佐山さん(参考画像)そして私の三人という強烈なメンツになったのであった。
(詳しくは2話をご参照ください)


本庁裏門で出迎えてくれた宇佐山さん、及びカスタム君とカスタムちゃん

捜査はウサギ系男子捜査員で担当者である宇佐山さんの司会で行われた。
しかしながら真面目すぎて融通のきかない宇佐山さんに対して、ルンゲ警部から厳しいツッコミが入りまくる。
まるでコントである。
私まで宇佐山さんにツッコミを入れてしまった。
今更ながら申し訳なく思っている。

宇佐山さんはワープロを打つのが遅いうえ、字があまりお達者でないのである。
それにくらべてベテラン捜査員、ルンゲ警部の切れ味のよさ。
全国の税関のトップ・麻生太郎財務大臣は、それはそれは達筆でいらっしゃるという。
私は麻生財務大臣に、ルンゲ警部に表彰状を贈るべき旨、進言させていただきたく思っている。

さて、驚いたのは、家宅捜索から僅か一週間ほどで、私に関する分厚い調書が完成していたことであった。

昔のNTTの電話帳くらい重厚だ。

捜査も佳境に入り、いよいよアメリカから私が密輸入したという、3gを超える大麻とその分析結果を見せていただいた。

絶句した。
取調室で押収品として提示されたのは、Hempdrix Gold 2ozHempdrix 0.5ozの二点だけ。

Hempdrix Goldはなんとなく覚えがある。
架空組織Hempdrixを事実上切り盛りする恐山洋子氏が、おまかせCBDオイルをお願いした私にプレゼントしてくださったものだ。
しかし、Hempdrix 0.5ozのほうには、まったく覚えがない。
そもそもいつ何のために注文したのかも、まったく思い出せなかった。


摘発されていたのは写真右端のHempdrix Gold と手前のHempdrix 0.5ozのみ

「恐山友吉はともかく、恐山洋子さんは最後まで私の味方だったはずです。きっと、洋子さんの可愛い二人のお子さんからの、私宛の温かいメッセージが同梱されていたはずです。」

私は最後の抵抗のつもりで、宇佐山さんにそう伝えた。
そして、宇佐山さんからの返答に、うなだれた。

「他には何も入っていませんでした。」

成熟した大麻草の種子と茎から抽出したCBDオイルは、日本でも法律上、合法のはずだった。
しかし、日本の裁判所が違憲と判断した以上、もはや反論の余地はない。
貨物は没収、破棄されてしまった。
親からの借金で、病の体を引きずりながらHempdrixやその関連製品の普及にあたっていた私の過去は、すべて無に帰したということになる。

この日は強い台風が近づいていたので、私は捜査を早退することとなった。
ひどい風に何度も吹き飛ばされそうになった。


神戸税関管内を直撃した台風11号。管轄に住む人々に捜査を入れないでほしいと私は懇願した。

遅れている帰りの列車の中、捜査員たちがご覧になっていることを承知のうえで、私は恐山洋子氏にメールした
日本にHempdrixを送るのは危険だと。

「愛知県の頭の悪い刑事が、ウチの愛知のお客様と、友吉のところに押しかけて迷惑している。これからみどりちゃんに請求書を送る。」

洋子氏からの返事を要約すると、以上である。
万事休すだ。
もはや同情の余地はない。
このメールのやりとりを見た捜査員の皆様からも、恐山とは今後いっさい連絡を取らないようにとのご指示があった。

米国から送った側は、何の罪にも問われない。
受け取った側は、たとえ死の淵にあり、点滴で動けない状態であったとしても、密輸罪に問われる。
誠に残念であるが、日本の法律はどんどん改悪へ向かっている。
大麻合法化の進む米国に住む者には他人事であるし、学のない人間なら私のこの証言を嘘だと主張するだろう。
日本国憲法を信じず、米国の法律を妄信する者も同様であろう。
私は日本人として当たり前の行動を取ったまでで、恐山と仲違いしたわけではない。

しかし、Hempdrixそのものを嫌悪することだけはどうしてもできなかった。
昨年死んだ友人に申し訳なくてたまらなかったのだ。
いくら日本政府の方針とはいえ、彼女が愛したHempdrix 0.5ozだけは、どうしても捨てることができなかった。

そのHempdrix服用直後に自ら命を絶ったという彼女に、私はいくら詫びても詫びきれない気持ちだった。
だから私は、家宅捜索の翌日の土曜日(燃えるごみの前々日)の夕方、近くの川へ向かった。
彼女を弔うため、川に流そうと思ったのだ。

もちろん私は泥酔していた。
だが冷静なもので、尾行がついているとややこしいだろうからと、歩行者専用の歩道に入った。
サタデーナイトとあって、いつもはひとけのない川べりに、二組の先客がいた。
一組はおそらく付き合ったばかりのカップル、もう一組はキャンプ用品を広げて飲み会をやっている、私と同世代くらいの男性三人組。

繰り返すようだが、私はこれから、友人の愛したHempdrix 0.5ozを川に流す。
一昔前なら灯篭流し的な、あるいはロマンティックな行為であるが、現在では立派な条例違反である。
だから、目の前しか見えていない、できたてカップルではだめだ。
良識ある大人の前で堂々と友人を哀悼し、もし注意されたら事情を説明しようと考えて、私は上司のわるくちで盛り上がっている、男性三人組のほうへと降りていった。

すぐ上の緑地にいた彼らの真横を通り過ぎて、川べりに座った。
あいにくの猛暑で、水量はわずかだった。
瓶は流れないかもしれない。
そんな不安が頭をよぎって、しばらく川の流れを見ていた。

「ヤバいぞ・・・」
「いや、ああ、待ってくれ!」
「逃げよう!」
「黙れ!」
「ヤバいだろ!!」

嗚呼、どうしたことだろう。
後方から、奇妙な会話が聞こえてきた。
飲み会か?
いや、何かが違う。
こんな田舎に大麻汚染が広がっているとは、にわかに信じがたいが、バッドトリップしたスモーカーのようにみえる。

そう、私はしばしば、私服女刑事と間違えられるのである。

彼らがバーベキュー用具を片付けはじめたので、私は急いで川にHempdrix 0.5ozを浮かべて、死んだ彼女に祈った。
そして、すぐに川を立ち去った。
バッドトリップしてしまった(かもしれない)男性スモーカー三人組に申し訳ないと思ったからである。
瓶は案の定、流れずに、川底へ沈んでしまった。

通りに出て、橋から川を眺めた。
大きな橋だ。
どこまでも続く、真暗闇。
ここからHempdrixの瓶を投げ落としてしまえば、あの三人組に迷惑をかけずに、手早く済ますことができたかもしれない。
そんな真っ黒なタドン玉のような感情が、私のなかをよぎったその時である。

大きな白い鳥が、私の目の前に、舞い降りてきたのである。
真っ白な羽をはばたかせ飛ぶ鳥。
なんと美しい光景だろう。
さながら映画「銀河鉄道の夜」のワンシーンを切り取ったかのようだ。
私はもうこの世にいないのか。
死んだ友人が迎えに来たのか。
たんなる、幻覚なのか。

しばし落ち着いてよく見てみると、それは川に降り立った一羽のサギであった。
亡き母が晩年愛していた鳥で、川魚を捕食してしまうという理由で駆除の対象になっていたところを、母が自治体に物申したのだ。

あの晩、なぜあの一羽のサギは私を見たのだろう。
今となってはわからない。
母が私を許してくれたのだろうか?
こんなにもひどい結末となった私の人生を。
恩ある友人を殺してしまったも同然の私の人生を。


登場人物はすべて実在しますが、プライバシーの観点から仮名とさせていただきました。日本の法律上の解釈や、その後判明した詳細事項、現在もまだCBDオイルのご購入を検討されている方への法律すりぬけ対策などにつきましては、医療大麻とCBDオイル Q&A(無断転載を禁じます)にまとめさせていただきました。
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