2015/10/20

Hempdrix(ヘンプドリックス)を密輸入してしまった私②

捜査員は引き続き、私の荷物を調べている。
捜査を指揮しているとみられる人物から驚くべき質問を投げかけられた。

「Chill Outって何だ?」

自宅に保管していた「Hemp Suppli: Chill Out」に速やかに反応していただけるとは思わなかった。
感動のあまり、テクノのメッカに向かってひれ伏したくなったほどだ。

「Chill Out」とは、The KLFの名盤のことである。
マイノリティの嗜みであったテクノの黎明期、チルアウトというジャンルを世に周知させ、商業的成功を収めるに至ったレジェンドだ。
クラブカルチャーに造詣ある人物であることは間違いない。
The KLFは所詮一発屋であった。
残念ながら、今となっては、一般大衆からは忘れられつつある存在である。




しかし、困ったことになった。
刑務所に収容されている元交際相手に差し入れしようと、漫画「Monster」を買い揃えていたのだ。
むつかしすぎて理解できないという元交際相手から差し入れ拒否に遭ったために、新居にそのまま保管していた。
漫画「Monster」はベルリンの壁崩壊以前のドイツの惨状、猟奇殺人やマフィア、売春、孤児、ドラッグ問題や深層心理などを扱った、当時の漫画としては異色のサスペンスである。
それらもすべて見られてしまった。
私がその手の思想に興味があるものと思われてしまったら、一貫の終わりだ。

お昼時に差し掛かってきた。
捜査員の皆様は、お昼休みが終わったら、またお越しになるとおっしゃる。
愚かでずるがしこい犯罪者なら、すぐさま飛行機のチケットを取って、逃亡するだろう。
それなのに、捜査に協力したいという私の申し出を信頼してくださり、さらに私の心を打つ言葉を投げかけていただいた。

「お昼すぎに戻ってきますので、それまでに、毛づくろいしていてくださいね!」

なんてことだ!
出会って間もないというのに、私がウサギであることを見抜かれてしまった。
そこで、私は彼を信頼して、尋ねた。

「お車で送迎してくださるのは有り難いのですが、そのまま医療保護入院にはなりませんか?」

捜査員はおっしゃった。

「税関に逮捕権はないんですよ。」

なんてことだ!
彼は、漫画「Monster」に登場するキレモノ、BKAのルンゲ警部に間違いない!

原作では、仕事のことしか頭にない完璧主義者として描かれるルンゲ警部。
「BKAには逮捕権がないんですよ。」が口癖だ。
物語がすすむにつれて、ルンゲ警部がけっして完璧ではない、人情味あふれた人物であることが明らかになる。

昨今の世の中、お役人は完璧でないといけないと、崇高な理想を押し付ける人々がいる。
だけど、完璧な人間なんて、この世に存在するであろうか?
むしろどこか欠けている、そんな人間を愛してやまないのは、私の人格に問題があるためであろうか?

さて、この決め台詞に心打たれた私は、ルンゲ警部に協力することを誓った。
そして、なんだかわからぬまま、ルンゲ警部の荒々しい運転で、高速道路へ入った。
お隣には礼儀正しいウサギ系男子捜査員。
会話がはずむ。
久しぶりに、人の良心にふれた気持ちになった。

部屋にあったパソコンや携帯電話、銀行通帳やカード類は、私とは別便で、どこかへ向かったようだ。

さて、私はどこへ連れていかれるのだろう?
何をしでかしたのだろう?
依然として、わからないまま、私たちを乗せた車は、どこかで見た景色で停車したのであった。


(つづく)