2015/06/15

東京暮色

あなたと知り合ってからどれくらい経つでしょう。医療大麻がきっかけで、あなたと友達になった。あなたは医療大麻にたいそう興味をもってくださって、日本人のためにCBDオイルを広めるお手伝いをしたいと誓ってくださった。彼女は誰に対してもおおらかで、おせっかいすぎるほどに親切で、魅力的でした。だから私は、あなたのことを片時も忘れることはありませんでした。昨年の今頃だったか、あなたと急に連絡が取れなくなったことがずっと気がかりでいました。あなたは最初期の私、そう、CBDオイルの集客なんてまったくできず、ふてくされていた私を応援してくれた、かけがえのない女性であり、友人でした。

私がCBDオイルのお手伝いをはじめてから一年半ほど。CBDオイルはすっかり日本に定着し、買い求める人が後を絶ちません。抗がんオイルだなんてもてはやされて、被ばく対策に買う人もいらっしゃるんですよ。びっくりしないでね。大麻にがんや精神病を治す力があるかどうかなんて、まだ模索の段階です。賢いあなたなら、笑うかもしれない。でも本当なんです。まるで宗教の勧誘みたいでね。だから私は、もうやめることにしたんです。だって、私の病気はいっこうによくなる気配がない。手が震えて文字も書けないから、手紙ではなくこうしてパソコンで書いているほどです。身体の病気がいかにストレスになるか、誰もわかっちゃくれない。心の病気がいかにストレスになるかも、健康な人にはわからないでしょう。わかってもらおうなんて思うことそのものが、自惚れなんですよね。でも人間は身勝手だから、自分をわかってもらいたいと必死になる。自分のことさえわからぬのに、他人に他人のことがわかることなどありましょうか。

人間は、自分勝手な生き物です。あれが悪い、これが悪いと常に考えている。誰かを悪役にしたくて仕方のない生き物なんです。亡くなった人を神聖化して、生き残った人の悪口を言うのは人間だけです。地球が悲鳴を上げているなんて考えるのも人間だけ。地球なんて何も考えちゃいません。人間だけに起こる投影という心理状態です。

昨年のあの頃は、大麻なんかに興味を持ってくれるひとなんて滅多にいませんでした。二十年ほど前にまたアメリカから「大麻は違法な薬物のなかでは際立って安全で、楽しい」という価値観が入ってきて、興味を持った若者たちがいました。あなたも私もその時代を経験し、大麻を楽しんできた世代です。でも今日の現実を見渡してみてごらんなさい。ヒッピーなんてもう時代遅れ。酒や煙草を買うことすら恥ずかしいほど、嗜好品に潔癖な世の中です。嗜好品として広く一般に大麻の良さを広めるなど、無理な話です。かといって、大麻を医療限定とするには限界がある。あなたは、私に興味を持ってくれた十人目の人でした。正確にいうと十一人目ですが、一人目はあなたと同じ病気の旧友で、集客ができないことを恥じるあまり、私がプレゼントという形で自腹で発注をかけた。情けないよね。だからあなたは十人目です。

あなたは医療大麻の可能性を信じて、いろんな人にCBDオイルを紹介してくれた。家にも招待してくれた。帰り道、私は嬉しくて嬉しくて、新宿の家電量販店で、テクニカのヘッドフォンを買った。60%オフだった。貧乏性なんです。それを聞いて大爆笑してくれるのだから、あなたは人がいい。私のことを、ギフテッド・タレンテッドなんじゃないかって言ってくれたのもあなただった。天才とは、幸せになれない病気の類いだと、私は思っています。あなたは天才だった。ギフテッドだった。私がいかに凡庸であるかを思い知らされました。

ところが、あなたの病気はどんどん悪化していった。濃度の濃いCBDオイルが原因で、統合失調症を発症したんじゃないか、と私はあなたを問い詰めた。その直後、あなたは自ら命を絶った。愚かでした。私自身、医師に統合失調症を発症したんじゃないかと言われました。

私が悪いの?天才という病気が悪いの?それとも、他に原因があるの?今となっては、もうわかりません。誰もが幸せになれるはずのCBDオイルがきっかけで、自殺者が出たと知ったら私が悲しむだろうからと、何も言わずに行ってしまったのでしょう。でも、あなたの本当の気持ちは「死にたくない」「(生きて)もう一度はじめっからやり直したい」だったんじゃないかと私は想像するのです。

あなたがいなくなった後も、私は医療大麻の可能性を信じてがんばったんですよ。なんか違うんじゃないかって疑う自分を騙しながら。安心してください。万病薬たるCBDオイルで病気が治った人なんて、日本にはまだいません。少なくとも私は、悪化しています。ゆえに、私はあなたに対して責任を感じてしまう。まさかあなたがもうこの世にいないだなんて、夢にも思わなかった。誠に申し訳なく思っています。死にたい死にたいと言いながら生きながらえている私なんか、日本の恥ッス。潔く死んでも老衰で死んでも死ぬことには変わりないのに、なんだか卑屈になってしまいます。

昨日、細野晴臣さんのドキュメンタリーを観ました。あのきらびやかなハリウッド映画、「タイタニック」など観てません。そんなひねくれ者の自分ではありますが、「タイタニック」の公開が日本人の再評価のきっかけとなったことを知りました。私はYMOはあまり好きではないけれど、細野氏はなぜだかきらいになれない。「銀河鉄道の夜」のサウンドトラックを手に入れたのは大人になってからのことです。

沈没したタイタニック号の唯一の日本人乗客、細野正文氏。細野晴臣氏の祖父にあたる人物です。正文氏はタイタニック号から生還した奇跡の人として、一躍時の人となった。しかしその後弾圧された。他の乗客は、女子供(おんなこども)を率先して救命ボートに乗せ、勇敢に死んだ。生きて帰ってきた彼は、「日本人の恥、武士の恥」と糾弾された。正文氏はタイタニック号について家族にいっさい話すことなくこの世を去った。事故直後、救助されたボートで書かれた手記が、死後発見され出版されたものの全く売れず、細野家はタイタニック号、そして正文氏そのものを封印したそうです。

正文氏を糾弾したのは日本人だけではなかった。アメリカでは、「命惜しさにほかの乗客を押しのけて救命ボートに乗ったのは、日本人と中国人だけだった」という心無い噂があたかも真実のように語られ、定着していたそうです。映画「タイタニック」制作にあたって、事実究明のために正文氏の手記が再び読み解かれ、正文氏や細野家、ひいては日本人の潔白を証明する結果となった。YMOは世界的に有名だけれど、私は目立たない細野さんが一番好きです。重苦しい親のもとに生まれたという引け目があって、目立ちたくない。細野さんご自身、目立ちたくないというお気持ちがあったそうです。細野さんみたいに立派なことは何ひとつできていないけれど、私が脇役に徹したがる性格なのはたぶんそういうことなのでしょう。

あなたは最後まであなただった。でも、武士の恥をさらして、生きていくのも悪くないと私は思っています。私はあなたのような武士にはなれなかった。責任を取って、潔く身を引くのは当然のことだと思っているから、こうしてあなたとの思い出を書いています。私は今後、大麻そのものを封印するでしょう。それはあなたの死とは無関係なことです。死者を冒頭するほど、愚かな行為がありましょうか。あなたは悪くない。東京のあの家に招待してくれるあなたはもう、いません。あなたのことを偲んで、みなそれぞれに生きてゆきます。生きていかねばならないのです。



追伸: 
今、自分自身を振り返って、複雑な思いです。あなたに対してお詫びできることがあるとすればただ一つ、私は名誉とか、自己愛とかではなく、ただ日本人被験者の臨床例を取りたかったんだと思います。この一年半に収集したデータを見て絶望しています。亡くなったのはあなただけではありません。私は取り返しのつかないことをしてしまいました。これ以上嘘はつけません。叶わぬ夢ではありますけれど、もしあなたが生きていたら、この小津安二郎監督「東京暮色」を一緒に観たかった。あなたは東大でしたね。
私と友達になってくれて、そして私を助けてくれて、本当にありがとう。

~二年後、すべての真相が明らかになる~
最終章「あとがきにかえて」
をお楽しみに!